史書から読み解く日本史

歴史に謎なんてない。全て史書に書いてある。

神功皇后と応神天皇(後編)

九州の伝承 関ケ原と応神天皇 九州の伝承 応神天皇と神功皇后にまつわる伝承の中に、昔何かの本で読んだ忘れられない話があります。その著者も書名も失念してしまったのが残念ですが、その内容だけは今もはっきりと覚えていて、それは次のようなものでした。…

神功皇后と応神天皇(前編)

神功皇后と応神天皇の関係 八幡神社の祭神 神功皇后と応神天皇の関係 気長足姫の産んだ子が仲哀帝の子ではないということに関しては、実のところ記紀の中にもそれを暗示している箇所はあって、その一つに神託があります。既知の通り仲哀帝が熊襲征伐のために…

仲哀天皇の系譜

ここで仲哀帝の血統をもう一度確認しておくと、父は景行帝皇子の小碓尊(日本武尊)、母は垂仁帝皇女の両道入姫命であり、史書に従えば両親は甥と叔母の関係になります。続いて仲哀帝の子女について記紀では、従姉妹の大中姫との間に麛坂皇子と忍熊皇子、皇…

好太王碑と神功皇后

以上が好太王碑に刻まれた四世紀後半から五世紀初頭の倭と朝鮮の風景です。そして我々の知る日本史の中には、これ等の出来事に呼応するだけの明確な痕跡がない訳ですが、確かに碑文自体は高句麗側の視点で語られているにせよ、その内容が全くの創作であろう…

好太王碑に見る倭

好太王碑 丙申戦争:百済征伐 庚子戦争:新羅救援 甲辰戦争:倭軍撃退 好太王碑 『日本書紀』の言う皇太后の摂政期が六十余年にも及んだとか、彼女が百歳まで生きたなどという話が虚構であることは誰もが理解していますし、神功皇后の伝記が日本国内で完結し…