史書から読み解く日本史

歴史に謎なんてない。全て史書に書いてある。

古代日本史

神功皇后(新羅征伐)

記紀に見る新羅征伐 新羅征伐を考察する 記紀に見る新羅征伐 神功紀本文に描かれた皇后の新羅出兵は次のようなものです。秋九月に諸国に令して船舶を集め兵士を練りましたが、時に軍卒が集まりませんでした。皇后が「これは神の御心だろう」と言って、大三輪…

神功皇后(出兵前夜)

財土を求む 皇后と宿禰の真意 渡韓を決めたのは誰か 財土を求む 続いて神功紀本文では、皇后が海を渡って新羅を征伐したという話を伝えます。山門から松浦に移った皇后は、自ら男装して群臣に語って言うには、「師を興し衆を動かすのは国の大事である。国の…

神功皇后(神託)

『日本書紀』第九巻神功紀(気長足姫は女帝ではないので、本来ならば紀ではなく伝とすべきだと思いますが、同書には伝が設けられていないことと、敢て一巻を割いていることから、便宜上神功紀とします)は、次のような書き出しで始まります。気長足姫尊は、…

仲哀天皇

仲哀帝即位 筑紫入り 仲哀帝即位 成務天皇が崩ずると、太子の足仲彦尊が皇位を継ぎました。仲哀天皇です。但し足仲彦尊は先帝の実子ではなく、その兄王小碓尊の子であり、成務帝にとっては甥に当たります。そもそも成務帝の皇子については記紀共に殆ど記載が…

成務天皇

成務天皇の業績 垂仁天皇と成務天皇 成務天皇の業績 小碓尊に先立たれた景行帝は、第四子の稚足彦尊を立てて皇太子としました。母は後皇后の八坂入媛命で、崇神帝皇子の八坂入彦命の娘です。稚足彦尊の立太子については、景行紀に次のような話が載せられてい…

日本武尊(白鳥の御陵)

『日本書紀』に見る日本武尊の薨去 『古事記』に見る日本武尊の薨去 両書の総括 『日本書紀』に見る日本武尊の薨去 東国平定の大任を全うして尾張まで戻って来た日本武尊でしたが、何故か直には大和へ帰国しようとしませんでした。『日本書紀』によると、尾…

日本武尊(東国平定)

伊勢出立から上総まで 上総から蝦夷、常陸から信濃へ 伊勢出立から上総まで 熊襲を討伐した日本武尊は、景行帝から統一の仕上げとして東国の平定を託されることになりました。そしてこの東国平定によって大和朝廷の日本統一がほぼ完了し、千数百年後の現代ま…

日本武尊(熊襲征伐)

『日本書紀』に見る日本武尊と熊襲 『古事記』に見る倭建命と熊曾 筑紫巡幸と日本武尊 大碓御子 『日本書紀』に見る日本武尊と熊襲 景行天皇こと大足彦忍代別天皇は、前皇后の播磨稲日大郎姫との間に双子の皇子を儲けました。双子の名は、兄を大碓皇子、弟を…

景行天皇(筑紫巡幸:其四)

筑紫巡幸の疑問点 そもそも巡幸だったのか 筑紫巡幸とは何だったのか 筑紫巡幸の疑問点 以上が景行帝による筑紫巡幸の要略ですが、こうして読み終えてみると、恐らく誰しも疑問に思うことがいくつかあります。まず一つは、天孫瓊瓊杵尊が日向の高千穂に天降…

景行天皇(筑紫巡幸:其三)

火の国 火から筑紫へ 火の国 さて熊県(肥後国磨郡)で弟熊を討った景行帝は、『日本書紀』によると海路から葦北(同葦北郡)に渡ったとされます。ただ地図を見れば誰でも分かる通り、球磨郡と葦北郡は隣接しているので、険阻な山越えを伴うとは言え、わざわ…

景行天皇(筑紫巡幸:其二)

熊襲征伐 夷守と球磨(熊) 豊国巡幸と土蜘蛛討伐 熊襲征伐 直入*1の土蜘蛛を討伐した景行帝は、更に南下して日向に到り、行宮*2を建てて熊襲を討つことを議しました。帝が群卿に詔して言うには、「聞けば襲の国に厚鹿文と迮鹿文という者がおり、この両人は…

景行天皇(筑紫巡幸:其一)

筑紫巡幸 大和の勢力範囲 豊臣秀吉の日本統一 景行期の大和朝廷 土蜘蛛 筑紫巡幸 先代垂仁天皇の後を受けて即位した景行天皇は、いよいよ日本統一の事業を開始します。『日本書紀』によると、景行帝がまず着手したのは筑紫*1への巡幸でした。その理由につい…

垂仁天皇(後編:狭穂彦の乱)

狭穂彦王の謀反 古事記に描かれた沙本毘古の謀反 記紀に見る垂仁天皇暗殺未遂事件 誉津別命 田道間守と橘 皇太子の選定 狭穂彦王の謀反 続いて『日本書紀』本文では、皇后の兄の狭穂彦*1王が謀反を企てた話を伝えています。皇后が休息して家にいるときを伺い…

垂仁天皇(前編:天之日矛)

垂仁紀と垂仁記 大加羅国の王子 天日槍(天之日矛) 加羅王子の来朝はいつ頃だったか 新羅王子としての天日槍 天日槍と但馬氏 二人の天日槍 垂仁紀と垂仁記 続いて実質的な第二代天皇である垂仁天皇に話を進めて行こうと思います。その前に記紀それぞれの記…

崇神天皇(後編:四道将軍)

四道将軍 崇神天皇の素性 武埴安彦の反乱 崇神紀と崇神記 出雲の神宝 皇太子の選定 四道将軍 一通り諸神の祭祀を終えた崇神天皇は、周辺諸国の平定に着手します。即ち大彦命を北陸へ、武渟川別を東海へ、吉備津彦を西海へ、丹波道主命を丹波へ遣わして、伏さ…

崇神天皇(前編:大物主神)

御肇国天皇 大物主神の祟り 天照大神と倭大国魂神 大日孁貴はなぜ日本の最高神か 御肇国天皇 神武天皇の東征から十世代の時を経て、止まっていたこの国の時間が再び動き始めることになります。第十代崇神天皇こと御間城入彦五十瓊殖皇尊*1(記は御眞木入日子…