史書から読み解く日本史

歴史に謎なんてない。全て史書に書いてある。

日本武尊(白鳥の御陵)

『日本書紀』に見る日本武尊の薨去 『古事記』に見る日本武尊の薨去 両書の総括 『日本書紀』に見る日本武尊の薨去 東国平定の大任を全うして尾張まで戻って来た日本武尊でしたが、何故か直には大和へ帰国しようとしませんでした。『日本書紀』によると、尾…

日本武尊(東国平定)

伊勢出立から上総まで 上総から蝦夷、常陸から信濃へ 伊勢出立から上総まで 熊襲を討伐した日本武尊は、景行帝から統一の仕上げとして東国の平定を託されることになりました。そしてこの東国平定によって大和朝廷の日本統一がほぼ完了し、千数百年後の現代ま…

日本武尊(熊襲征伐)

『日本書紀』に見る日本武尊と熊襲 『古事記』に見る倭建命と熊曾 筑紫巡幸と日本武尊 大碓御子 『日本書紀』に見る日本武尊と熊襲 景行天皇こと大足彦忍代別天皇は、前皇后の播磨稲日大郎姫との間に双子の皇子を儲けました。双子の名は、兄を大碓皇子、弟を…

景行天皇(筑紫巡幸:其四)

筑紫巡幸の疑問点 そもそも巡幸だったのか 筑紫巡幸とは何だったのか 筑紫巡幸の疑問点 以上が景行帝による筑紫巡幸の要略ですが、こうして読み終えてみると、恐らく誰しも疑問に思うことがいくつかあります。まず一つは、天孫瓊瓊杵尊が日向の高千穂に天降…

景行天皇(筑紫巡幸:其三)

火の国 火から筑紫へ 火の国 さて熊県(肥後国磨郡)で弟熊を討った景行帝は、『日本書紀』によると海路から葦北(同葦北郡)に渡ったとされます。ただ地図を見れば誰でも分かる通り、球磨郡と葦北郡は隣接しているので、険阻な山越えを伴うとは言え、わざわ…